河口湖自動車博物館、飛行館に行って来た。

 二週間ほど前、乗鞍ヒルクライムの試走に行った。今回の試走は、贅沢にも泊まりでの試走である。そのため急いで行く必要もないので、往復下道で行くことにした。

その行きすがら、かねてより一度訪ねたいと思っていた河口湖自動車博物館に行ってきた。とは言っても自動車博物館には用はなく、同じ敷地内にあり、戦時中の飛行機を展示している飛行館を見に行ったのだ。

朝7時ごろに自宅を出発し、一路河口湖を目指す。今年の暑さは、木々の緑をより色濃く染め、サングラスがなければ目が焼けてしまいそうだ。10時オープンの30分前に現地到着。木陰のベンチで、巨大な米国製輸送機カーチスを眺めながら一休み。出勤してくる博物館スタッフの方が気さくに挨拶してくれるのがうれしい。実はこの両博物館、オープンするのは年間で8月中だけ。それ以外の期間は、車や飛行機のレストア作業を行っているというのだ。両博物館を管理運営しているのは、車のライトで有名なシビエであるが、そのような表示や広告はどこにもなく、個人所有の趣を貫いている。ちなみに、両博物館共にカメラの持ち込み撮影は禁止。スマホのカメラのみ撮影OKだ。今回のお目当ては、旧日本軍の「一式陸上攻撃機」のレストア中の機体。断っておくが、私は戦闘機マニアでも軍事マニアでもない。ただの機械好きだ。

10時になると、私と同じに早く到着していた人々がじわじわ飛行館の入り口に集まり始める。いかにも博物館然とした自動車博物館と違い、飛行館はただの倉庫に簡易的に入り口を設置しただけの施設だ。入場料1000円を払い建物の中へ。入り口近くにはレストアが完了したハヤブサ、右手に一式陸攻が見える。

そんな戦闘機達を前にした時の私の気持ちは複雑だ。当時の工業力の粋を集め、人々の生活すら犠牲にして作られた戦闘機は美しくもある。しかし、美しいだのかっこいいだのと、軽々しく口に出すのはどうだろうか。私の両祖父も従軍し、青春の貴重な時間を捧げてくれた。私の祖父たちは、幸いにも命までは取られず生還したが、様々な形でお国のために戦ってくれた先人たちのお陰で我々の現在の平穏があるのだ。だから、戦闘機の前で、にこやかにピースサインを出した写真など撮れるはずもない。

←レストア中の「一式陸攻」

男というのは厄介なもので、おしなべて車やヒコーキなどが好きなものだ。しかしそれが宇宙ロケットになると、やはり自分で所有してあやつれる可能性がほとんどないので、魅力的には映らない。戦闘機も所有し操る可能性はゼロに等しいが、なぜか魅力的に見える。その戦闘機が人を殺めるために作られたものではなく、ただ空を飛ぶという人間の夢を具現化しただけの乗り物であれば、どんなにいいだろう…と思う。

←特攻機「桜花」

しかし残念ながら、いつの時代も技術を飛躍的に加速させるのは軍事産業である。この便利なインターネットも然り。当時、鍋や釘までも供出されて作られたという戦闘機であるが、その当時の工業力の高さをまじまじと見せつけられる展示品の数々… 全てが進んでいるはずの現代の工業で作られたものの方が、雑な作りに見えるのは気のせいだろうか?

かつて広島の江田島にあった海軍兵学校の跡地を訪れた時にも感じた、やるせないながらも決して忘れることなく後世に語り伝えなければならない責任の重さを再認識し、本来の目的地である乗鞍へと向かった。