30年ぶりの尾瀬 ~後編~

尾瀬の朝は完全なる静寂である。季節がら鳥も鳴かず、虫の音も聞こえない。しかし、夜の静けさは、同室の宿泊者次第である(笑)。

朝の自然観察園。フィルム写真。

朝食前に、宿の目の前にある「自然観察園」を散策した。動物除けの柵を開けて入っていく。風もなく穏やかな湿原は朝日を浴びて美しい。朝露に濡れた木道を歩いていくと、すぐにパンツの裾がすっかり濡れてしまう。それでも、この時間帯の散歩はとても楽しい。

前日の夕食も、今日の朝食も、提供された食事は山小屋のそれではなく、見た目も鮮やかで食欲をそそる。少ない食材で工夫して調理しているスタッフの努力が感じられる。私の山小屋のイメージが古臭いのかな?

アルバイトをしている後輩も今日は休みを取ってくれており、同行してくれるという。尾瀬のプロフェッショナルの同行はとても心強い。8時を少し回ったところで宿の前で合流し、秋の至仏山に向かって出発した。

尾瀬ヶ原を見下ろす。正面は燧ケ岳。

30年前の写真

木道はかなり傷んでいる

登山道の入り口は、朝方散策した「自然観察園」を抜けたところにある。歩き始めてすぐに…急勾配の木の階段。ほぼまっすぐに道は続いている。直登である。尾瀬側の山の斜面は風もなく、少し上っただけで汗が噴き出してくる。森林限界を超えると、眼下には尾瀬ヶ原の景色が広がる。ほぼ直登であるので、尾瀬ヶ原がどんどん小さくなっていく。30年前は、雪が積もっていたため斜面が緩やかで、同じ直登でも楽だった気がする。2時間ほど登っても、頂上はなかなか見えずに気が滅入る。同行の後輩には申し訳ないが、私の登山能力は驚くほど低い。迷惑をかけないように頑張ろう。ちなみにその後輩は1時間少々で登ってしまうらしいので、すでに盛大に迷惑をかけている。

頂上からの景色

 

3時間ほど登っただろうか、岩の塊の上に人が数人いるのが見える。どうやら頂上に着いたようだ。

頂上は露出した岩で形成されており、とどまりずらい。そこに10人近い人がひしめいてるので、結構狭い。それぞれ談笑したり、写真を撮ったりしている。

石になった山頂標識。右が私

30年前…左にいるのが私

至仏山への登山道は、尾瀬側の勾配がきつく、滑りやすい岩が露出しているために尾瀬側からの一方通行となっている。ということは、ここにいる人たちは尾瀬から登ってきて、みんな同じ方向に行くということになる。お互い写真をお願いしたりしながら、少しずつメンバーが入れ替わっていく。我々も、近くにいた若者に写真を撮ってもらい、尾根沿いの道へと出発した。

30年前、後ろが至仏山か?

小至仏山を過ぎたあたり

右下の物体は私の指(笑)

ここからは尾根沿いを、軽いアップダウンを繰り返しながら歩いていく。勾配も大したことはないので、軽快に歩ける。そして何より、景色がとても良い。むき出しの岩肌とうっすらと紅葉した木々、濃い緑をとどめた灌木の織り成す景色が次々と形を変え、目に焼き付いていく。この尾根道は極上の時間を提供してくれる。

楽しい時間も過ぎ、緩やかに下りながら木々の中に降りていく。途中、宿で作ってもらったおにぎりで昼ご飯。後輩がコンロでコーヒーを入れてくれた。思えば、山で飲むコーヒーも久しぶりだ。ここ数十年、いろいろなことを忘れているなあ。

鳩待峠まで下りてきた。後輩とはここでお別れだ。ひどいペースの山歩きに1日付き合ってもらい、感謝に堪えない。途中で観光タクシーに電話しておいたので、ここからは乗り合いタクシーで一昨日の宿まで送ってもらう。バスだと戸倉のバスターミナルまでしか行かないので、送ってもらえるのは本当に助かる。宿はバスターミナルから最も遠いエリアなので、私が最後だった。宿に顔を出し、車を置かせてもらったお礼を申し述べて帰路に就いた。

さて、こうして3日間の行程はとても楽しく終了した。誘ってくれた友人、尾瀬で仕事をしている後輩には感謝しかない。本来なら一人でどこでも行くのが信条なのだが、ここ数年なかなか1歩目が踏み出せないでいる自分がいる。尾瀬に行ったのは10月2~4日、この記事を書き終えたのが12月16日、すでに日常にのみ込まれてるね。